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東京家庭裁判所 昭和49年(家)6519号 審判

申立人 山田つね(仮名)

相手方 山田次朗(仮名)

主文

相手方は申立入に対し、申立人に対する扶養料として、昭和五一年一二月以降毎月末日限り金四五、〇〇〇円宛支払え。

理由

第一当事者の申立及び主張

一  申立の趣旨

申立人に対する相手方の扶養につき適切な審判を求める(審判時以降毎月一定の金員の支払を求める。)。

二  申立の実情

相手方は、昭和一四年二月二五日、申立人及び申立人の長女民江と婿養子縁組及び婚姻をなしたものであるところ、昭和四九年二月二〇日右民江と相手方は協議離婚したが、申立人と相手方の養親子関係はなお係属している(現在離縁訴訟が係属中である。)。

ところで、申立人は現在八七歳の高齢であり、昭和四八年三月以来脳溢血のため病床にあつて、多額の治療費及び生活費を要するところ、現在長女山田民江及び二女長谷川チヨ子の扶養を受けているが、なお不足しているので、養子たる相手方の扶養を求める。

三  相手方の主張

申立人の生活費は僅少であり、また相手方は昭和五一年四月三〇日従前の勤務先を退職したため、その後は一か月一五〇、〇〇〇ないし一六〇、〇〇〇円程度の収入しかなく、妻たかとの生活で手いつぱいであるに比し、申立人の長女及び二女はいずれも独自の収入があつて扶養能力を有するので、申立人の扶養には応じられない。

第二当裁判所の判断

一  本件の経過

乙第八号証(戸籍謄本)及び本件と関連する当庁昭和四八年(家イ)第三二三九号、同第六一六六号、同昭和四九年(家イ)第三四二二号事件の各記録によると、次の各事実が認められる。

(一)  申立人は明治二二年生まれで、当年八七歳であるが、昭和二一年に死亡した夫儀一郎との間に、長女山田民江(大正八年一〇月一〇日生)及び二女長谷川チヨ子(大正一一年四月一二日生)をもうけ、昭和一四年二月二五日申立人夫婦及び長女民江は相手方(旧姓村田)次朗と婚養子縁組をしたこと。

(二)  相手方と山田民江は、昭和二三年一〇月一六日長男山田良夫をもうけたが、のちに不和となつて、民江は昭和二七年頃から木本秀司と親しい関係になるうち、昭和三一年一月三一日同人との間に長男宏和が生まれたため、民江は木本との婚姻届をなすべく、まず父山田儀一郎、母山田つね間の「三女久美江」なる仮空の出生届を申立人名義で昭和三一年一一月一六日付でしたうえ、右「久美江」の戸籍により木本秀司との婚姻届及び右木本宏和の嫡出子出生届をなし、これにより山田民江は実質上重婚関係を続けてきたが、昭和四八年二月二二日に至り、「山田久美江」と木本秀司との婚姻について協議離婚届がなされたこと。

(三)  かかるところ、申立人及び山田民江と相手方との間に紛争が生じ、まず、昭和四八年六月一日相手方が山田民江に対し夫婦関係調整(離婚)調停を申し立て(当庁同年(家イ)第三二三九号)、その係属中の同年一〇月一六日申立人は相手方に対する離縁の調停を求め(同第六一六六号)、その後右両事件は併行して調停が進められたが、昭和四九年二月一三日いずれも不成立に帰し、申立人は右離縁調停が不成立となつた昭和四九年二月一三日、直ちに相手方に対し扶養を求める調停を申し立てたこと(本件の前件。当庁同年(家イ)第八一六号)。

(四)  その後山田民江と相手方は昭和四九年二月二〇日協議離婚をなし、また相手方は同年六月二五日申立人に対し離縁の調停を申し立て(当庁同年(家イ)第三四二二号)、調停が進められたが、扶養調停は昭和四九年八月二八日不成立となつて本件審判手続に移行し、右離縁調停は昭和五〇年三月一七日に取下により終了したこと。

(五)  更にその後、申立人及び相手方は、相互に離縁を求める訴訟を東京地方裁判所に提起し、現在なお審理係属中であること。

二  申立人の扶養の必要性等

1  申立人は前記のとおり現在八七歳の高齢であり、申立人及び山田民江に対する審問の結果によれば、申立人は昭和四八年三月に脳溢血のため倒れて以来病床にあり、人の手を借りなければ起居すらできない状況にあつて、仕事をすることができないのみならず、資産もないので自らは生活の資を得ることができないものと認められ、これによれば申立人は扶養を要する状態にあると解される。

2  そこで、申立人の扶養に必要な生活費の額について概算することとする。

(一) 食費 金一五、〇〇〇円

申立人は当初金一五、〇〇〇円を主張していたが、のちに提出された甲第一号証(山田民江の作成した計算書で、証拠としての価値はなく、申立人側の主張額を記載したものにすぎないとみるべきである。)には金三〇、〇〇〇円と計算されている。

この点については右甲第一号証のほか資料が提出されていないため、具体的な額を判定することは困難であるが、昭和五〇年の東京都における一八歳独身の食料費マーケットバスケットが金二〇、九八〇円であること(東京都人事委員会算出のもの。労務行政研究所「賃金決定のための物価と生計費資料」昭和五一年阪によつた。)を参酌すると、申立人は何といつても九〇歳に近い老人であるから、右金員よりも低額で足りるものと推測され、当初申立人が主張した一五、〇〇〇円程度であろうと推認される。なお、申立人の主張する付添人の食費金一五、〇〇〇円はこれを証する資料がないのみならず、家政婦のものとすれば、家政婦代に含まれ重複するので、これを申立人の必要経費には計上しないこととする。

(二) 家政婦代 金一二〇、〇〇〇円

申立人は当初金四五、〇〇〇円を主張し、甲第一号証では金一三〇、八〇〇円(八時間付添の場合。一昼夜の場合は一九五、〇〇〇円という。)と計算(主張)されている。これに対し相手方は、元来相手方の妻が付添を申し入れたのに申立人や民江が拒否した事実があり、また家政婦が現実に付添をしているかどうか疑問であると主張するところ、記録中の資料によつて窺われる申立人の病状に照らすと、申立人は家政婦の付添を要するものと認められ、その額につき、甲第二号証(昭和五〇年八月三一日付の同月分に関する家政婦費用の領収書)によると、合計金額は金一三一、八九〇円であるが、紹介手数料等を除くと金一二〇、八九〇円とされている。したがつて、家政婦費用として約金一二〇、〇〇〇円を要すると認めるのが相当である(相手方に対する審問の結果によると、付添家政婦費用については東京都の補助があり、無料の家政婦付添を得られる日も数日あるごとくであるが、甲第二号証は現実に支払つた分の領収書であるから、前記のとおり家政婦費用としては金一二〇、〇〇〇円を相当と認める。)。

(三) マッサージ費用 若千額

申立人側は、マッサージ費として、甲第一号証において金六〇、〇〇〇円(一日二、〇〇〇円)を計上しているのに対し、相手方は、申立人はほとんどマッサージを受けていないと反論する。

申立人に対する審問の結果によると、最近ではマッサージは受けたり受けなかつたりの状況であると認められるので、領収書が提出されていないこともあわせ考え、この費用としては計上するとしても若干額にとどめるのが相当である。

(四) 衛生費 金五、〇〇〇円

申立人側は、甲第一号証において医薬品代金五、〇〇〇円を計上し、甲第三号証の一および三(領収証)によると、外用薬等のため右甲第一号証記載の金額程度の医薬品を要していると認められる。

(五) 往診料 金五、六〇〇円

山田民江に対する審問の結果並びに甲第三号証の二及び四(領収証)によると、申立人は仲谷医師の住診を受け、一か月当り金五、六〇〇円を支出していると認められる(なお、診療費用そのものは補助により無料である。)。

(六) 栄養補給費 なし

甲第一号証では、ヤクルト、卵、バター、果物、養命酒の費用が栄養補給費として計上されているが、甲第四号証の一ないし六(領収証)中にヨーグルトの代金を支払つた記載はない。また、果物等もとくに通常の食費以上に出るものとも思われないし、養命酒も毎月一本を飲用しているとは認めがたい。この点に関し甲第五号証の一ないし六(領収証)によれば、申立人方では酒代を支払つていることが認められるが、八七歳の老女の酒代とは考えられず、同居者の分と考えざるを得ない(右酒店に対する支払の中には、みそ、醤油等の代金が含まれているかもしれないが、(一)の食費に含めるのが相当である。)。

以上を勘案すると、申立人の主張する栄養補給費は通常の食費に含まれるものであるから、とくに計上しないこととするのが相当である。

(七) 光熱費 金七、〇〇〇円

甲第六号証の一ないし六(ガス料金等払込受領証)によれば、ガス料金は一か月平均約金七、三〇〇円と認められ(ただし二階のアパートの分も含まれる。)、また、山田民江に対する審問の結果と甲第七号証の八ないし一四(電気料金振込受領証)によると、ヤマダヨシオ名義で支払つている分が一階の住居の電気料分で、一か月平均約金八、五〇〇円を要していると認められ、合計すると約金一五、八〇〇円となる。ところで、申立人方には、申立人のほか山田良夫が居住しておりまた申立人の世話のためとはいえ山田民江や長谷川チヨ子も訪れ、寝泊りしたりしているから、右のうち申立人に要する額としては約金七、〇〇〇円をもって相当額とする。

(八) 見舞客接待費 若干額

甲第一号証では金一三、〇〇〇円が計上されているが、これに副う資料はなく、若干の金額を計上するのが相当である。

(九)交通費 なし

申立人は交通費をいうが、山田民江に対する審問結果によると、これは長谷川チヨ子の分であつて、申立人の世話のために生ずるものではあるが、申立人自身に生ずるものではないので、申立人の扶養料としては除くのが相当である。

(十) 諸雑費 若干額

甲第七号証の一五ないし一九(電話代領収証)によると電話代が一か月平均約三、〇五三円とあり、記録によるとそのほか同家ではテレビを視聴し新聞も購入していると認められるが、これらは主として同居する良夫が使用するものと思われるので、扶養料としては若干しか認定しえない。

(十一) 衣服費 金三、〇〇〇円

申立人及び山田民江に対する審問の結果によれば、申立人は寝たきりの状態なので衣類、敷布類の洗濯等の費用及び買替の費用を要すると考えられるところ、その額は定めがたいが、従前の申立人主張等にてらすと金三、〇〇〇円前後とするのが相当である。

以上を合計すると、金一五五、六〇〇円プラス若干額となるところ、これはもとより正確な金額ではない。申立人の生活費としては一応金一五〇、〇〇〇円ないし一六〇、〇〇〇円を目安として、その扶養方法を検討するのが相当と思料される。

なお、甲第一号証中には申立人方の住居の建物(二階はアパート)の維持費も含まれているが、後にみるとおり右建物は所有権の所在も争われており、申立人の生活費に含めるのも相当と思われないので、これを含めないこととする。

三  扶養義務者

1  関係戸籍謄本によれば、申立人の夫山田儀一郎は既に昭和二一年に死亡していること、直系血族として、長女山田民江(大正八年一〇月一〇日生、現在五七歳)、二女長谷川チヨ子(大正一一年四月一二日生、現在五四歳)、養子相手方山田次朗の三名のほか、相手方と山田民江との間の長男山田良夫(昭和二三年一〇月一六日生、現在二八歳)、山田民江(久美江の名で婚姻)と木本秀司との間の長男宏和(昭和三一年一月三日生、現在二〇歳)、長谷川チヨ子とその夫との間に長女恵子(昭和二八年一一月二一日生、現在二四歳)、長男義則(昭和三二年一一月五日生、現在一九歳)があること、申立人の兄弟姉妹は存しないこと、がそれぞれ認められる。

本件の場合、右のうち申立人の孫にあたる者は除いて考えるのが相当と思われるので、以下においては、山田民江、長谷川チヨ子及び相手方の三名について扶養能力等を検討することとする。

2  山田民江について

甲第八号証(給与支払証明書)及び同第一〇号証(給与所得の源泉徴収票)並びに山田民江に対する審問の結果によれば、山田民江は前記のとおり木本秀司とも相手方とも離婚したが、実際には木本秀司及びその間の子宏和と同居して夫婦及び母子の生活を送つていること、しかし申立人の看病等のためしばしば申立人の居住する肩書地の家屋に赴き一週間のうち何日かは同所に泊まっていること、右民江は現在地方公務員(△学校の○○担当事務員)として勤務し、月収手取約一一七、〇〇〇円ないし一三一、〇〇〇円であるが、その他に期末手当等があり、昭和五〇年分給与所得の総額(税込)は金二、八六二、五四〇円(一か月平均金二三八、五四五円)とされているので、平均実収は約金二〇〇、〇〇〇円程度と推認されること、内縁の夫ともいうべき木本秀司も地方公務員(教員)で一定の収入を得ていること(右民江より多額と推認される。)、なおそのほかに民江と木本は渋谷区○○において×××を経営し、従前は木本と共に生徒を教えて一定収入を挙げていたが、申立人の世話をするようになつてから自らは教えることができなくなつたため、代わりにアルバイト学生を教師として雇うようになり、現在では木本は収入があるが、民江は収支相半ばする状況にあるにとどまること、木本との間の子宏和も本年一月成年に達し、一方相手方との間の子良夫も二八歳に達しているのでいずれもほとんど養育費を必要としない状態にあり、申立人に対する扶養の余力は十分あると思われること、がそれぞれ認められる。

3  長谷川チヨ子について

甲第九号証(給与決定通知書)及び長谷川チヨ子に対する審問の結果によると、長谷川チヨ子は、××××庁に勤務する夫との間に大学生の長女及び大学受験のため浪人中の長男の二子があるところ、同女は昭和二一年から○○△△△△××株式会社に勤務し、月額手取約金一二〇、〇〇〇円ないし一三〇、〇〇〇円の収入を得、その他に賞与が年間合計して約一〇か月分近く支給されるので、一か月平均の収入はおよそ金二〇〇、〇〇〇円ないし二四〇、〇〇〇円となると推測されること、同人方でも子の養育費はあまり必要としない状況にあり、ある程度ゆとりはあると思われ、一定の扶養能力を有すると思われること、がそれぞれ認められる。

4  相手方について

乙第七号証(家計収支明細書)、同第八号証(戸籍謄本)、同第九号証の一、二(貸室賃貸借契約書等)及び同第一〇号証(給与証明書)並びに相手方に対する審問の結果によれば、相手方はもと○○○○組合に勤務し、約金一五〇、〇〇〇円(税込)の月収を得ていたが、昭和五一年四月三〇日退職し、その後××××株式会社にパートとして採用され、日給約金二、八〇〇円、月額約金七〇、〇〇〇円の収入を得ていること、また、相手方は申立人の居住家屋の隣地に三階建のビルを建築し、これを賃貸して月収約八五、〇〇〇円の賃料収入を得ていること(もつとも右賃貸借は現在合意解除されているが、右金額の収入をあげうるものとするのが相当である。)、従つて相手方の収入は約金一五五、〇〇〇円と認むべきである。また前記各証拠によれば、相手方は昭和四九年九月三日大原たか(昭和二年五月一日生)と婚姻し、現在二人で生活しており、妻たかに稼働能力がないとは認め難いが現実には同女に収入はないこと、が認められる。

ところで、山田民江及び相手方に対する各審問の結果によると、申立人の居住する家屋は相手方の所有名義となつており、その一階部分に申立人及び山田良夫が居住し、二階はアパートとして数名の者に賃貸されていること、賃貸人の名義はもと相手方であつたが、現在では山田良夫名が用いられており、一か月当り約金四八、〇〇〇円の家賃収入が得られるところ、現在山田民江がこれを管理し、申立人の扶養料にあてていること、本件家屋の所有名義は右のとおり相手方であるが、申立人、民江及びチヨ子は共有持分の確認を求める訴訟を提起しており、したがつて賃貸人の地位が相手方にあるか申立人側にあるかも現在当事者間の訴訟において争われていることが認められる。しかして、当裁判所が右家賃収入が何びとに帰属すべきものかを判断するのは相当でないから、登記名義に従い一応相手方がこれを取得すべきものとして扱うのが相当と思料され、この家賃収入を含めると、相手方の収入は一か月当り約金二〇三、〇〇〇円と認められる。

四  相手方の扶養義務及び程度

そこで、申立人に対する相手方の扶養義務の存否及び程度を検討するのに、申立人と相手方との間には法律上なお養親子関係が係属しているものの、前記のとおり、両名の関係はそもそもいわゆる婿養子縁組であつたところ、既に相手方と民江の夫婦関係は離婚により解消し、申立人と相手方との間においても相互に離縁訴訟が提起され、その有責任及び財産給付の点のみが実質的な争いになつているごとくである。かかる場合の扶養義務の存否及び程度如何の判断は困難な問題であるが、本件にあつては、両名の関係は破綻しているものの法律上はなお養親子関係が係属しており、また、破綻につき扶養請求者たる申立人が一方的に有責であるわけではないので、相手方の扶養義務を全面的に免れしめるのは不当であるが、破綻の程度に応じて相手方の扶養料負担の程度を軽減するのが相当と解される。

そこで、アパートの賃料につき相手方が収益権を有するものと仮定したうえ、以上に認定した申立人の扶養必要状態及び生活費の額、山田民江、長谷川チヨ子及び相手方の各収入及び生活状況、申立人と相手方の養親子関係の現状その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、相手方の扶養義務の程度は山田民江及び長谷川チヨ子よりはやや軽度とするのが妥当であり(山田民江と長谷川チヨ子の扶養義務の程度についてはとくに触れないが、同程度とするものではない。)、一か月当り金四五、〇〇〇円を負担すべきものとするのが相当である。

ところで、申立人は扶養料支払の時期について本審判時を基準として定めることを希望しており、本件にあつてはこれをもつて相当と考えられるので、相手方は申立人に対し、昭和五一年一二月から毎月末日限り金四五、〇〇〇円宛支払うべきものとする。

五  以上のとおりであるから、本件申立を認容し、主文のとおり審判する(なお、本件については相手方同様扶養義務を負うべき前記山田民江及び長谷川チヨ子を当事者若しくは参加人としていないが、実質上その出席を求め、これらに対する審問を経たうえで審判したものである。)。

(家事審判官 岩井俊)

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